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「女子高生コンクリート詰め殺人事件」のTOPページ http://www3.freeweb.ne.jp/diary/fukuno/dust/dust1/jko.html
※[関連] 有名な「ショー子さんの兄探し」
 あぼーん保存館へ

以下は、
当時、加害者の少年達が未成年であった為に詳しい報道はされなかった
10年以上前に起きたひとつの事件です。




3月29日
(練馬少年鑑別所)
綾瀬警察署から2人の捜査官が派遣。
平成元年1月23日に昨年の11月8日に
強姦窃盗などにより少年鑑別所に送られた少年を取り調べた際、
担当の刑事がなにげなく言った(他の事件のことでカマをかけた)
「お前人を殺しちゃ駄目じゃないか」
に、「すみません、殺しました」と自供。

この時、
被告(A)は、どきっとしてこの事件を知ってる他の3人が言ったと思い自供したらしい。

別室で行われてたもうひとりの取り調べ(B)の担当捜査官に連絡。
このことをBに話すと、
顔色が変わり、あまりにも凄惨な事件について話し出す。
担当官は当初の目的であった余罪の窃盗に関する調書を取ることなく、
半信半疑のまま
自供内容をたよりに、東京江東区若洲15号地海浜公園整備工場現場空き地へと向かった。

現場にはひとつだけドラム缶が転がっており、周囲にはタバコの吸い殻がたくさん落ちていた。
  (周辺の暴走族がベンチ代わりにしていたらしい)
ドラム缶に詰められたコンクリの隙間から変な匂いがし、
305キロあるドラム缶をクレーンでトラックにつりあげ持ち帰る。

翌日、警察署内で解体が行われた。
中にはボストンバックに詰められた女性の死体が入っており、
死後2ヶ月以上経過していたが、さほど腐敗してはいない。
コンクリで密閉されていたため蠅が卵を産み付けられなかった為と思われる。
死体の皮下脂肪の厚さは通常の3分の2になっており大変な栄養失調状態であった。
全身に殴打による浮腫があり、
浮腫→体の組織間隙にリンパ液が多量にたまり腫れ上がった状態
約半日以内に処置を行わなければ外傷性ショック状態に陥る

死因は外傷性ショックによる意識不明、胃の内容物を吐いたことによる窒息死。

遺体は顔面が変形陥没などしてひどく傷んでいたため、
外見からの確認は困難だったが、指紋などの照合から、
昭和63年11月25日夜
アルバイト先からの帰宅途中で行方不明になった
埼玉県三郷市高州1丁目の県立八潮南高校3年生古田純子さんであることが確認された。
被害者は、八潮市内のアルバイト先に行ったまま帰宅しないと吉川署に捜索願を出されていた。
両親は、同女が無事に帰ってくることを心待ちにし、
父親は仕事を休んで行方を必死に探していた。

その後、被害者の母親は、純子さんが死に至った詳しい経過を聞かされたあと、
精神状態が不安定になり、精神科に通院治療を受けることになった。



昨年
昭和63年11月25日夜
午後6時
Cの家にAがやってくる。
「今日は給料日だからひったくりに行く」と誘う。
知り合いの家でバイクをもう一台借り埼玉県三郷へ。

その日は、バックはひったくったが現金は取れず。

午後8時過ぎ
自転車で帰宅途中の純子さんを見つけたAが、
「オレがうまくやってやるから、あの女を蹴れ」と支持。
Cに自転車を蹴られた純子さんは、道路の側溝に自転車もろとも倒れる。
Cが逃げ去った後、Aが現場に現れ、
「あいつはキチガイだ。オレも脅された。この辺りは危ないから送っていきましょう。」
と言葉をかけ近くの倉庫内に連れ込むと態度を変える
「さっきの奴とオレは仲間だったのさ。
お前のことを狙ってるヤクザだ。
オレは幹部だから、オレの言うことを聞けば、上の方になんとかとりなしてお前の命だけは助けてやる」
と脅し、タクシーでホテルに連れ込む。

午後10時頃
BがCの家に行く。
Cはまだ帰ってきておらずDが来ていた。
間もなくCが帰宅。
その間、Aから数回電話がかかってきて
「女といっしょにいる。お前ら、やりたいか」
「11時にさっきバイクを借りた家に来い」
とBCDに支持を出す。

被害者を含め合計5人になった一行は夜の町をブラブラ歩く。
ときおり、「ヤクザの車が来た隠れろ」などとさらに被害者を脅迫。
Cの近くの公園に行き、
AはCを連れてバイクを返しに、
そのまま、生花店経営者に会い酒を飲みだす。

その間、約二時間。
公園に待たされた3人。
寒さに耐えきれなくなったBとDは純子さんを連れてCの部屋に入る。
つまり、
この時点で被害者である純子さんに自分たちの住んでいるところを知られてしまい、
返すことができなくなった。

また、Cと被害者は初対面ではなく、
美人の純子さんを気に入ったCが「手に入れる」と
何度も言っていたという話しもある。


11月28日
午後5時
コンビニの前で、ぶつかったという男を殴っていたAが
「おまえら、今日ヒマか?」
と、EとFに夜になったらCの家に来いと告げる。

午後11時
家族が寝静まった後、
FがAを迎えに行く。
「いいもん見せてやるから行こうぜ」
と、Cの家へ

Aが合図すると二階からCが顔を出し二階に上がる。
数日前にFがAらと服飾店から盗んだ縞模様の長袖Tシャツと黒のスカートに、
着替えされられた純子さんが部屋の真ん中に座っていた。

Cの母親が夜中にCの部屋がうるさいということで目を覚まし
二階に上がってドアを叩き、部屋の中の様子を見ているが
Cの部屋は天井の蛍光灯が壊れており、
床に置かれたスタンドしか照明はなく薄暗かった為、
ちゃんとした確認は出来ず。

Aの提案でカゼ薬を覚醒剤だということにしてみんなで飲み、
ラリったふりして襲いかかる。
怖がって悲鳴をあげて逃げ出す純子さんの足をつかんで倒す
AはFに、
「ボサっとしてんじゃねえよ。なにかで押さえろ」
Fは近くにあったクッションを顔にかぶせ押さえつけたが再度悲鳴を上げられる。
その悲鳴で目を覚ましたCの父親が、
「いま、悲鳴みたいなのが聞こえたぞ。なにやってんだ」
と、ドアの前まで来て言ったが
Cに
「うるせえな。なんでもないから下いけよ」
と言われ、それ以上なにも言わず。

Cの父親が来たのは純子さんが悲鳴をあげたせいだと
AとBが怒り
「声だすんじゃねえよ」
と、ふとももを中心に足全体を殴る。
それにより、純子さんはすくんでしまい声を出すのを止めた。

その後、
陰部にライターを入れ着火するなどの凌辱行為と輪姦。
最初興味半分に見ていたEとFだが、さすがに怖くなり
「おまえらもやれ」Aの命令に、
「やですよ」と拒んだが、
「てめえらふざけんじゃねえ」と
Bがスニーカーを手に持って振り上げEとFに投げつける真似などをして脅される。

その間、
純子さんは放心状態でまばたきもせず天井の一点を見ていた。


11月30日
Aの提案で、
外の公衆電話から純子さんの母親や親友に、
「友達の家にいるから捜索願は出さないで」
と電話させる。


11月末
Cの母親が台所にいたとき、
玄関から「今晩わ」と少女が連れられて入ってきた。
「もう遅いから帰りなさい」と言ったが返事をせず二階に上がって行く、
Cの父親もCが降りてきた時「早く返せ」と言った。

翌日、CかCの兄にあの子は帰ったと言われ、
深く考えずに帰ったものだとCの両親は疑問を抱かず。

この時は、
純子さんが隙をうかがい外に出ようとして発見され連れもどされた時だった。


一週間後
Cの母親がトイレを掃除してたら、
ゴミ箱から、生理用品が出てきたので、
「いやだ、まだいるんだわ」と二階にあがる。

二階にはDと純子さんがいた。
「どうしてここにいるの」と聞いたが純子さんは答えない。
「家出するからには相当な理由があるんでしょうから、
どうしても言いたくなかったらいい。でも、お名前は?」
と聞いたがそれにも答えない。
住所は埼玉の方、何歳かと聞いたら高校三年生でもう就職は決まっているとだけ言った。
「お母さんが心配しているでしょうから、早く家に帰りなさい」
と言っても返事をしない。
Dが「帰った方がいいよ」と言い、
ご飯を食べてから帰すことになり、下に降りた。
食事を始める前にCが帰ってきて食事中にCの父親が帰ってくる。
父親は少女を見て、
「ガールフレンドか。オレにも紹介しろよ」と息子に声をかけるが無視される。
食事が終わった後、少女が茶碗や皿を片づけているのを見て
「やっぱり、女の子はいいな」とも。

食べ終わってからは、Dらとテレビを見たりファミコンをやって仲良さげにしていた。
また、この時、少女がタバコを吸っていたのを母親は見ている。

それから、また二階に上がって行ったので、
なんで帰らないんだろう早く帰ってほしいとイライラした。

純子さんはAに、
「家に帰って警察に訴えたら、オレ達が捕まっても仲間のヤクザが何十人もいる。
そいつがお前の家に火をつけて、家族を皆殺しにする。
お前たちを必ず殺しに行くぞ」と脅されていた。
また、
「オレたちは、お前を狙っているヤクザからお前を守ってやってるんだ。」とも


翌日
Cの部屋に母親が上がったら、
少女と、BとDがいた。
「必ず帰るのよ」と約束したのに、なぜ帰らないんだろうと
「この家には、男の子が二人いるのよ。どういうことになるかわかるでしょう」
「オレたちはやってないよ」とB
「でも、ここはヤクザみたいなの(Aのこと)が出入りしているから、すぐ帰りなさい」
と言っても動く気配なし。
自分一人の説得じゃ無理だと思い、夫の勤務先に電話するがいない。
B宅の電話番号を知る為に、近くに住むBの祖母に会いに行くがこのことについて話は出来ずに帰る。
家に戻ると、
Cの父親が帰ってきたので、二人で二階に上がり説得を続ける。
母親は少女の手を引っ張ったり腕を抱えたりして立たせようとするが立ち上がらない。
「とにかく帰りましょう」と、
少女のハンドバックと靴を持ち、下に降りる。
なにか身元の手がかりはないかと、
探した少女のハンドバックの中から自宅の電話番号らしいものを発見する。

わざわざBの祖母宅に行き電話を借りる。
(余計なことをしたのがばれるとCに殴られるから)

「お宅に、こういうお嬢さんはいらっしゃいますか」
「おりますが、今はいません」
「失礼ですが、そのお嬢さん、タバコを吸いますか」
「ええ、吸いますけど」
不審に思った純子さんの母親が
「どなたですか?」
と訪ねたが、Cの母親は偽名を名乗り電話を切る。

家に帰ると、居間でCの父親と少女が話をしていた。
「じゃ、帰ることにしたのね。
お母さんが心配しているでしょうから、すぐ家に「これから帰る」と電話しなさい」
「いいんです。前にも電話してますから」
「それじゃ、そこまで送って行くわ」
「1人で帰れますから・・・」
「タクシー代もってる?あげましょうか」
「あります。大丈夫です」
「そう、まっすぐ帰りなさいね」
「わかりました」
少女はそう言って玄関に出た。
が、外にはBとCの兄が待機しており、
純子さんを帰すかどうかAと相談するため公園で待つ。
両親が寝静まるのを待って電柱をよじのぼり二階のCの部屋に戻る。

また、帰宅したCは、仲間からそのことを聞き、
「関係ねえことするんじゃねえ」と
母親を数時間にわたり殴る。

以後、Cの両親は純子さんが帰ったものだと疑わず。

Cの家は、敷地30坪。
一階に居間兼夫婦の寝室台所浴室トイレ
二階に長男の部屋とCの部屋
そしてCの部屋のドアノブは壊れていて内側からしか開かない。


12月始め午後4時頃
4人が昼寝してた隙に、
純子さんが下に降り、110番通報。
すぐAに気づかれ電話を切り殴る。

警察が逆探知をして、
「何かあったのですか」とかけ直してきた電話にはAが出て誤魔化す。

それまで、仲がいいように見せていたのが全部だまされたと思い。
裏切ったらどうなるか教えるために、
純子さんを全員でリンチしライターのオイルを足首にかけ火をつける。


12月11日
Aの暴力団で忘年会が行われる。
そこで、Aをリーダー、他3人をメンバーとした「極青会」を作る話がきまり、
三次会の席で、組の銀バッチを貰う。
Aは、恋人であるDの姉や友人にそのバッジを見せに行く。
暴走族仲間や女友達にはかっこいいと誉められたが、
Dの姉だけは、
「そんなものもらって、あんたバカじゃないの」

事件が明るみになったあと、
周囲の人間達はさして驚いた様子もなかったが、
このDの姉だけは、
自分が知っていれば、体を張ってでも純子さんを帰らせたと


Cの友人で11月28日の輪姦にも加わったEが、
Aに誘われた極青会に入らず別の暴走グループを作ろうかと冗談で言っていたのが伝わり
なめているということで、Cの部屋まで連れてこられ、
純子さんの前で、AとBにリンチをされ頭をハサミで丸刈りに刈られる。
その後、逃げ出したが
1月6日に友人の家に隠れているところを発見されイスや灰皿で頭をめった打ちにされ、
三週間以上入院するケガを負うが、それでも許さず
「僕は100万円でも許してもらえないので、川に飛び込みます」
という遺書を書かせ
近くの荒川の放水路に連れだし、3人が口に入れたクッキーを次々に川に投げ込み取ってこいと命令。


12月12日
「極青会」に入ることを断りに行ったF。
前に来た2日ごろはCらと仲良さげしてた純子さんが
顔にあざを作りふとんに入っていた。
Fに、
「わたしどうなるの」と聞く純子さん。
「自分は下のもんだからそれはわからない」と答える。


12月14日ごろ
新宿の事務所当番から帰ってきたAとCに、
「飯くったら、夜来いよ」
と言われたF、5回目の訪問。

Bに「やれ」と言われたが前と同じように断るFを無視し、
用意しとけとポルノ雑誌を持ってくる。
が、純子さんが「Cくんは?」と(どこに行ったのか)聞いたことに
腹をたてたBが、純子さんの喉首胸を殴りだした。

その後、関わりになることをいやがったFは居留守を使うが、
結局は、ファミレスでAとBとFの親をまじえて話し合いをすることになる。
「アニキ(A)に恥かかせるとただじゃすまない」
と、親が見ている前でBに数度殴られる。


12月19日
Cの家にAが来て、
純子さんにまたジッポオイルをかけ火をつける。

それを見てCはひどいと思ったものの、
純子さんが熱がってる姿や
Aがさせたキチガイの真似を見て面白いと思うようになった。

再度にわたる火傷により出来たウミが出てきて、
匂いでCの両親が気づいてしまうかもしれないので
下のトイレを使用させず紙パックに用を足たせることにする。


12月20日
4人の他に女が1人やってきて
化粧してやると言って純子さんの頬にマジックペンで髭をかいた。

純子さんは、Aらの友達の間で、「カンキンオンナ」と呼ばれ、
暴走族が集まった際など、
あるやつがナンパしようと言いだし始めた時、
ナンパなんかすることねえや
自分がいま、女、監禁してるんだとAが言っていたらしい。
Cも、「オレの家に、面白いのがいるんだよ。明日、家に来たらやらしてあげる。」
と、あちこちで言っていた。
そして、最終的には100人近くがこのことを知っていたことになる。


12月20日頃
度重なる暴行により、
頬が鼻の高さに並ぶまで腫れ上がり目の位置が判別できないほど。
脚の部分、多数箇所に出来た火傷は治る暇なく化膿し
ひどく匂うようになったので性的興味を失う。
そして、
「こいつなんとかならないか」という勝手な被害者意識が生まれてくる。

B「A先輩、あいつをどうする気なんだよ」
C「どうすんですかね」
B「山の中に埋めますか」
C「埋めるんですか」
B「Dくん、どうですかね」
D「ミンチがいいですよ。バラバラにして捨てればわかりません」
B「誰がどこでやりますか」
D「ここの風呂場でやります」
B「Dくんはこう言ってますが、Cくんどうします」
C「うちの風呂場は勘弁してください。
  それより自殺に見せかけて、青木ヶ原に投げ込みますか」

もちろん、真剣な相談でなく、インタビューごっこのようなもの。


最初の頃こそ、
純子さんが持っていた3000円で出前をとって食べさせていたが、
純子さんのケガや火傷が酷くなるに連れ食事風呂に対して気を配らなくなる。
以降、12下旬までの食事はCの兄が、
カップラーメン、パン、牛乳、卵など家にあったものを食べさせ、
それ以降からは純子さんの衰弱したせいもあり1日に牛乳をコップ1杯。

また、この兄は純子さんのことは弟のグループの友達で自分とは関係ないと思っていた。
早く出ていってほしいとは思っていたが、関わりになるのが嫌でできるだけ無関心をよそおっていた。


12月21日
家に帰っても警察にはなにも言わない
信じて貰えるまでなんでもやりますと純子さんが言うので
裸になって踊れとA。

武田鉄也の「声援」という歌に「がんばれがんばれ」という歌詞があり
いじめるときに、それを歌いながら「お前も歌え」と純子さんに歌わせる。

それ以外の時も、
小さな声で自分に言い聞かせるように「がんばれ」と言っていたらしい。


12月28日
Aが部屋に入ったら、純子さんがおなかを押さえて倒れており
「お水下さい」とすがるように頼んできた。
(下に降りれば当然水道があるのだが、部屋から出ることを禁止されていた。)
Aが栄養をつけよう生傷にいいと牛乳を飲ませる。
が量多くなるにつれ吐いてしまったので、「みんなで殴りました。」

上半身を裸にして12月の寒空のベランダに立たせる。
たばこを2本同時に吸わせ、苦しさの余りこれらを吐いたところで、
両大腿部、膝、すね等にジッポオイルをかけて点火。
純子さんが熱がってその火を消そうとするや、
手にもオイルをかけて点火し、
火が消えると、またオイルをかけて点火するなどの繰り返し。

そのCの部屋と隣家のベランダは40センチしか離れていないが、
そのようなことが行われてるとは、
まったく気づかなかったと証言している。


12月暮れ
Cの母親が
「二階に誰もいないようだから、盗品などがないかようすを見てきて欲しい」
と頼むが父親は酒を飲んでおり面倒くさがり調べず。


昭和64年
1月3日
Cの家に叔父叔母が年始くる。
C、Dの家に行く。
Bも来て三人でファミコンをする。


1月4日
朝早くDの家にAがやってきて、
「面白くねえ。麻雀で大負けだ。おい、サウナでも行くか」
「先輩、サウナは十時からですよ」
「そうか。じゃあそれまであいつのところに行くか。
負けたのはあいつのせいだ。これから行っていじめてやろうじゃないか」

午前7時ごろ
途中コンビニエンスストアにより、羊羹、ロウソクなどを買い4人はCの家に着く。

純子さんに買ったBと同じ名前の品物を見せ、名前を聞く。
純子さんが答えるとBを呼び捨てにするとはなんだと殴り、
困った純子さんが、
今度は品物にさんを付けて呼び直すと品物にさんづけするとはなにごとだと殴る。

BがCに、
「おい、あれやれよ」と言って小泉今日子の「なんてったってアイドル」のテープをかけた。
歌詞の中の「イエーイ」に合わせて脇腹に思いっきりパンチをいれる。
「痛い」と声を出すとまた殴られるため、こらえるので口が変なふうに歪む。
「先輩、この顔が面白いんですね」とB

曲が終わったってからも全員で殴る。
純子さんの顔にロウソクをたらしたり小便を飲ましたりした。
Dはいつもは無関心でいるが、
AやBに、なぜお前殴らないんだと言われるのが怖くなりリンチに加わった。
すでに、純子さんは鼻や口から血を流しており、
自分の手に血が付くことをいやがったDは、
Aが吸っていたシンナーのビニール袋を手にはめ殴る。

その後、Aは疲れたのでタバコを吸う。
BとCは、純子さんを真ん中に立たせ
Bが右からCが左から、肩や顔に回し蹴りを数発いれていた。

そのうち、
純子さんにパンチがもろに入りステレオにぶつかり倒れる。
全身を硬直させブルブルと痙攣して
前のめりに手をつきながら倒れてきたのを見て、
「仮病だ、このやろう」
とCがすごい勢いで怒る。
Aも、蹴るとかでは甘いんで、もっとひどいことをやってやろうと思い、
鉄球の着いた鉄棒を持ち出し純子さんの腹の上に落とし顔面などを殴った。

殴り終わった後、
反応しなくなったので怖くなりいつものようにライターのオイルをかけ火をつけた。
最初は動いたが最後になったら動かなくなった。
A「こいつ、死ぬんじゃないか」
C「大丈夫ですよ。こいつはいつもこうなんですよ」

ガムテープで純子さんの両足首を二周か三周縛る。
10時になったので
「いい時間になった。サウナに行こう」と部屋を出る。


また、その同日、
F宅に綾瀬母子殺人事件の聞き込みのために刑事が来ていた。
そのとき、FはAらに脅されてることを話そうと、
「ちょっと相談したいことがあるんですけど・・・」
と言ったが、
刑事は忙しいから少年課に行ってくれと


1月5日
昼過ぎ
Cの兄から事務所に純子さんの様子がおかしいと電話。

ABCの三人でCの家に行く、Dは事務所の留守番として残した。
Cの部屋は外から開かないので、
Cの兄の部屋からベランダに回ってのぞいてみると純子さんが敷きっぱなしの布団の上で倒れていた。
「死んでるのか」
「まさか」
「お前、入れ」
「いやだよ」
「オレ、こえーよ」
と10分弱押し問答の末、
CとCの兄が部屋に入って体を押してみると冷たくなっていた。


Aは以前勤めていたタイル工場に行き、モルタル砂ドラム缶など調達。
「お前、人を殺したんか」と店の人は確信を持って聞いたが届けでず。

遺体をバックにつめ、
Aの家の前で三人でドラム缶に入れコンクリートを流し込んだ。
近くの川に捨てようとしたが、
Bが「家が近いので怖い。化けて出るかもしれない」
と反対して東京湾に捨てることになった。
Aが借りてきたワゴンを運転して東京湾の埋め立て地に行ったが、
適当な場所が無く道路脇の草むらに捨てた。


1月中旬
東京都足立区綾瀬一帯の暴走族「ワラ人形」と葛飾区堀切方面の暴走族「K」
が合同で行なった集会に参加。
そのときのAは、
すがすがしく、いつもに比べ変にいきがった様子だった、と。






昭和63年11月25日「略取・誘拐」
昭和64年1月4日の最後の暴行に加わった4人が
家庭裁判所の審判で「刑事処分相当」とされ刑事裁判をかけられる。
初公判
1988年7月31日


そして、
1990年7月19日
東京地検419号法廷

判決文
残忍かつ極悪非道である点でおいて、
過去に類例を見出し難く、重大かつ凶悪犯罪。
動機はきわめて反社会的かつ自己中心的であり、
被害者の女子高生はなぶり殺しにされたとしか言いようがなく、動機に酌量の余地はない。
そして、被害者の両親の激しい怒りと悲しみと、社会に与えた衝撃や不安を強調し、
被告人らの行動は人の仮面を被った鬼畜の仕業と断ぜられるを得ない。

昭和63年11月25日から翌1月4日まで
41日に渡って不法に監禁し、
その間、同女に対し、
ほとんど連日、筆舌に尽くしがたい殴る蹴るなどの暴行を加えた他、
身体に火をつけて皮膚を焼くなどの、凌辱の限りを尽くし、
精神的にも、肉体的にも衰弱の度合いを深め、
最後には常識では考えられないような仕打ちまで受け入れざるをえず、助けを求めるすべもないまま、
あえなく絶命し、揚げ句はコンクリート詰めにされて捨てられるなど、
被害者の身体的および精神的苦痛苦悶
ならびに被告者らへの恨みの深さはいかばかりのものであったか
まことにこれを表現する言葉さえないくらいである。


「主文。
被告人Aを懲役17年に、
被告人Bを懲役5年以上17年以下に、
被告人Cを懲役4年以上6年以下に、
被告人Dを懲役3年以上4年以下に、それぞれ処する」

最後に裁判長は4人を立たせ、ひとりひとりの顔を見ながらこう言った。
「判決は以上の通りですが、事件を各自一生考えつづけてください」





上記の犯行を行った少年達について

昭和45年4月生まれ
父親が証券会社社員。母親がピアノ講師。妹ひとり

夫婦仲に問題があり、
母親が留守をしがちで食事を作って貰えない日も多かった。
頭は切れるほうで、話し上手で面白いと評判。
小5でパンチパーマ。
Bの通っていた小学校にヌンチャク木刀を持ってなぐり込みに行く。
悪いことはかっこいい、大人になったら人を殺そうと言っていたが、
6年生の時に出来た勉強好きの親友に影響され真面目になる。
卒業文集には
「少年院の院長になりたい。
オレ、悪いことをいっぱいした。
万引き、ケンカ、たいがいのことはやった。
だから、悪いことをやった奴の気持ちがわかる。
オレなら非行少年と呼ばれてる連中を立ち直らせてやれる
オレに向いてるのはそういう仕事だと思う。」

中学入学と同時に周囲の人のすすめで、柔道部に入部。
体型は小柄で160センチぐらいだったが、
練習熱心で3年の時にベスト5に選ばれ、
それにより、東海大付属高へ推薦入学。

高校の柔道部の先輩、顧問などにひどく体罰を受ける。←Aの父親が裁判所に訴えたほど
その反動で、外に出て手当たりしだいにケンカを売るようになり、
家中のものを壊し母親を殴り肋骨を折る重傷を負わせる。
(さすがに妹は殴らなかったが)

高校を中退し、
中学の頃から付き合っていた同級生(Dの姉)と同棲。
18になったら結婚しようと
62年から1年半、タイル工として真面目に働くが、
自動車学校の合宿場で知り合った暴力団員と知り合い
銀座にシマを持つ生花商でアルバイト。
「やめたい」が言えるような雰囲気でなく、
現実逃避するためにシンナーを始める。
シンナーを吸っている時、強姦してる時にしか楽しいと感じないような生活を送る。

前科
在校中に教師から体罰を受けたことを動機に東綾瀬中学に乱入し、
窓ガラスを割るなどして補導「保護観察処分」

今件の判決   懲役20年
未必の故意であったことを認める。
未必の故意→積極的に。そうなるであろう可能性を予感しつつした行為

他のメンバーについてはあっさりと
B(サブリーダー)
昭和46年5月生まれ
小3の時、両親が離婚、母親により育てられる。妹ひとり。
小学校の頃「ひらけポンキッキ」の相撲大会に出場。
中学でのAの後輩。
私立高校に入るが三ヶ月で退学。

前科
バイクの無免許運転で補導「保護観察処分」

今件の判決  懲役5−10年(再来年出所予定)
傷害致死を主張

C(被害者の監禁宅)
昭和47年12月生まれ
父親病院の事務長母同病院の看護婦。兄1人。
中学でAの2年後輩。
工業高校に入るが2学期には中退。

前科
バイクの無免許運転で補導「保護観察処分」
今件の判決  懲役5−9年(来年出所予定)
傷害致死を主張


昭和46年12月生まれ
両親離婚、母に育てられる。姉ひとり。
Aの中学の後輩。
工業高校に入るがすぐ中退。

前科
自宅のガラスを割るなどして暴れた為、
親が学校に警察に相談してみてはと勧められ連絡を取ったら、
かってに家裁に書類送検され「保護観察処分」

無味無感動。
ABCが寂しいから集まっていたのに比べ、Dはひとりでも平気。
3人が起こしたこれ以外の数件の窃盗強姦にも加わらず。
また、Dとは逆に今件の殺人そのものへの関与が紙一重の差だったために、
裁かれることを逃れた連中も多数いる。

今件の判決  懲役5−7年(すでに出所)
傷害致死を主張


Aらの友人
A、B、Cの三人にリンチされ病院に


Aらの友人
事件後特別少年院に送られる。



少年法第5章61条
「家庭裁判所の審判に付された少年または少年のときに犯された罪により提起された者については、
氏名、年齢、職業、住居、容貌等により、
その者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事または写真を
新聞紙その他出版物に掲載してはならない」


があるばかり、これだけの犯罪を犯しても社会に戻れる為の保護がされてます。
そして、すでに死んだ人間に人権は存在しないので、
(死者に人権はなくても、死者の家族に人権はあるだろうが)
被害者である純子さんについてばかりが勝手に取り上げられていたそうです。


参考図書

『少年の街』藤井誠二著、教育史料出版会
他、
『うちの子が、なぜ!』佐瀬稔著、草思社
『東京の事件』朝倉喬司著、王国社


で、なにが言いたい?