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その3。


 なんと、そのケーキまがいはどう考えても1人で食べきれない量なのに、理科担当のA先生のために作ってきたというのです。後で聞いた話によると、Yが「A先生に」と持ってきたとき、半ば硬直しているA先生に代わって、周りの先生がとっさに気を利かせて「いやぁありがとう。僕たちもいただいていいかな」とフォローしたそうです。

 またある日、私は連絡事項があったため、授業と関係ない日にA校に行きました。そのときはYのいる中3社会にX先生、他学年の英語・数学にそれぞれI先生・T先生が授業を持っていました。私が到着するとちょうど英語・数学が終わったときで、既にT先生が帰り支度を始めていたところでした。「最近、Y不気味ですよねー」などと話が自然と持ち上がり、講師陣3人でYの話をしていました。話が一段落してT先生が帰ろうとしていた矢先にになぜか授業中のはずのYが現れました。まさに「呼ぶより謗れ」です。Yは「I先生・T先生、これ書いて」と近づいてきました。手に持っていたのは卒業時に友人や先生に書いてもらうサイン帳でした。T先生の顔が刹那、ひきつったのを私は見逃しませんでした。
 YがI先生に「先生、住所も電話番号も全部書いて」などいろいろ注文を付けている横で、私はT先生に目と身ぶり手振りで精いっぱい謝りました。私はとにかく緊急避難をせねばと思い、授業中である中3社会の教室に飛び込み、親しいX先生に「助けてくれ、Yがサイン帳を頼みに回っているっ」と言うや否や、教室中の生徒が「うわああ」と叫びました。「とにかくおれを避難させてくれ」と頼み、とにかくその場にいることにしました。生徒は「一体どう言うことだ、オカシイぞ」と口々に言います。X先生によると、Yは「今日は用事があるので早退させて欲しい」と言ってきたので、夜の10時過ぎに用事というのも変だなと思いながらも、Yが早く帰るならそれはうれしいということで認めた、というのです。そこで話が一本に繋がりました。社会はいつも延長をして遅くなる。数学は早く終わって、T先生も帰ってしまう。そこでサイン帳を書いてもらうためにわざわざ早退したのだ、と。
 帰ろうとしているT先生と私が無駄話をしていなければT先生はYにとっつかまらなくて済んだのです。これについては本当に済まないことをしたと思っています。ちなみに私には幸いにもサイン帳の依頼はなく、またX先生は頼まれたものの、自宅のものと偽って役所の住所・電話番号を書いたそうです。

 そんなこんなで、私学入試の日も過ぎ、私学専願だったYの顔を見なくて済む、とほっとしていた私たちに恐るべき知らせが飛び込んできました。「なぜか、Yがまだやめずに継続して授業を受けているらしい」。校長に聞くと「いや、もうおたくは私学専願だからもう結構ですよと言ったんだけど、本人が来たいと言うから断れなかったんだ」とのこと。全く驚きました。
 実際、Yは学力問題児でもあったわけで、高校に合格したこと自体が「七不思議」と言われたくらいでした。後日、校長が述懐して「よくもまあ受かってくれたモノだね。ボクは専門学校の受験も勧めたぐらいだから」。
 私の方はというとYが国語をやめてからというもの、相変わらず授業ではYの悪口を言ったり、アナーキーなことを生徒に吹き込んだりしていました。3年生の3月の授業というのは受験があったりする日程上、授業数が少なくなるので、そのかわりとして公立入試直前の日曜日に全科目「直前ゼミ」なるものを1日開くことになっていました。私は「直前にやったからといって急に成績が伸びることなんかないので、直前ゼミなんか来なくていい。それより自分のしたい勉強をしろ」と暴言を吐き、生徒を扇動しました。それが後で大きな役割を果たすとは私も生徒も誰一人その時点で思っていませんでした。

 さて、その直前ゼミ当日、「来ない」と意思表明していた生徒であっても、さすがに本当に来ない生徒はいませんでしたし、公立入試に関係ないYはもちろん来る由もありませんでした。授業が進むにつれ、私の扇動を受けた生徒の中にはやはり思い直したらしく、休み時間の間を利用して、途中で授業をフケるものもいました。ところがそのさぼったはずの生徒が塾に息急き切ってかけ込んできました。「大変や!A先生大変やー。Yがおった!なんか黒い服着て、化粧しておったでー。たぶん、待ち伏せしてるんや。オレ、にらまれたもん」「え、どこで?」「どこそこの角っ!」今まで我慢に我慢を重ねていた温厚なA先生がついに「もう、たまらんわぁ」と何ともいえない声で言いました。「もう思いきり遠回りして**公園の方から帰ろ」「先生、そうしたほうがええわ」かくしてYのおぞましい野望は潰えたかのように見えました。

 公立入試も終わり、3年生の授業は事実上終了しました。とはいえ、来る生徒がいるかも知れないので、一応A先生は授業のある日に用意をしてきました。もともと理科は履修している生徒が少ないので、さすがにだれも来ないのでは、とA先生は考えていたそうです。ところが、その観測を打ち破るように、なんとYただ一人が授業に出席したのです。
 後日その時の模様をA先生から聞いたのですが、それは凄惨なものでした。Yはいつもの指定席である前から2番目の座席に座り、またもや不細工な面に紅を差し、うっすらと化粧らしきものをしてきていたというのです。そして講義をするA先生の方を目つきの悪い視線でじぃっと見つめていたので、A先生はただ恐ろしく、極力視線をあわさないようにしていたそうです。
 さらに私が「その他に何か被害はなかったのですか」と尋ねると、それまでにもA先生の自宅のあるマンションの前に立って、A先生の部屋のあるあたりをじぃーっと眺めていることや、マンションのエントランスに人待ち顔でいることがが連日のようにあった、というのです。そのYの粘着的な挙動不審な行動がマンションの住人間で噂になってしまい、A先生の親御さんが「最近、中学生くらいの女の子がよくAさんの部屋の方を見ている、って言われるけど、あんた何か知ってる子?」とA先生に聞いたそうです。もちろん、A先生のマンションの集合ポストには、その異常性の発露により、しばしば忌まわしい手紙が直接投函されていたことは言うまでもありません。

 その理科の「最後の授業」の時にも、A先生はYから情念のこもった手紙を渡されました。そのもらった手紙の要旨は、………私は女子校にも入ったことだし、もう2度と男の人を好きになることはないでしょう。そして、私はA先生のことをよい思い出として生きていきます。……

 A先生はかぶりを振って、一刻も早くぼくのことなぞ忘れて欲しい、と私に語ってくれました。




追補:
 と、この異常少女Yの話をYの後輩に当たる連中に聞かせたところ、さらなるすさまじい話が返ってきました。

 Yは卒業後もしばしば母校を訪れるらしく、とりわけ所属していたらしい吹奏楽部によく立ち寄る。そこでYは後輩に「ちょっとアンタ、吹いてみて」と命令し、しぶしぶ後輩が吹くと、言うに事欠いて「アンタ、基礎が出来ていないわね」と言う。
 「Yが塾のA先生に執拗にまとわりついていた」という話を、楽器をプレゼントしたいという前述の話題の吹奏楽部顧問のZ先生に直接聞いたところ「被害者はオレ一人ではなかったのか。オレも引っ越すまで同じような目に遭っていた」と言ったそうで、学校の他の先生の間でもYは有名だったらしい。
今でもYが学校に来ると、他の先生は「Z 先生、カノジョですよ」と冷やかし、Z先生は「いないって言って」と逃げる。

 という具合です。しかし、文句を言われる吹奏楽部の後輩はたまったもんじゃないですよね、ホント。一体てめえは自分を何様だと思っているのでしょうか。じゃあそういうてめえはどれだけ上手に演奏できるのか?自意識過剰もここまでくれば大したモノです。




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