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その2。


 Yが私の担当授業から外れたこともあり、思い切って私は責任者である校長に訊いてみました。「Yって子は一体なんなんですか、あれは」。校長は渋い喉声で「あの子がねえ夏期講習の受講する前に、他の女の子達にね『A中学校にいるYって子が夏期講習に来るんだけど、知ってるかな』って訊いたら『えー、Yさんホントに来るんですかぁ?あの人ちょっとなぁ...』と、こうきたわけよ。で、ちょっとヘンだなあとは思っていたんだけどねえ....まあ、ちょっと変わった子だねぇ」

 Yが国語の授業の履修をやめてから、私は国語の授業中、Yを公然と批判しました。私はひいきや個人攻撃はあまり好きではないですし、生徒に言うべきことでもないので普通は口にはしませんが、Yに関してだけは自己規制を解除しました。やはりYの悪口は生徒に非常に受けがよく、良くないことの比喩には必ずYをネタにした比喩を使ったりもしました。
 「先生、Yが国語やめてくれてほっとしているんと違う?」「う、そりゃ、いやあの」そこで生徒は「先生、Yのこと嫌いやろ」と突っ込んできます。「いや、その、まあ、一応そおいう個人を名指しするのは...」「でも顔に書いてあるで」苦笑いしつつ「まあ、有り体に言うとそういうことや」。「でも先生助かったやん。Yなぁ、理科のA先生のことが好きみたいやで」「!!!!!」「A先生、おとなしいやろ。はっきりイヤって言わないから...オレらがYはオカシイって言っても、そんなことゆうたらあかん、って真面目に言うし」。じゃあ、オレははっきりしていたか、と訊くと「もろにイヤって顔に書いてあったで」とばっさり言われました。

 一方、社会担当のX氏は、依然として授業終了後のくだらないYの質問に頭を悩ませていました。例えば、公民の相続で「この人 (被相続人) に愛人とその子供がいて、財産を全部2人にやると言ったらどうなるの」と、もともと法定相続分が分かっていないくせに遺留分がからむ質問をしたりするのです。そこで私がYが国語をやめた旨を伝えると、「えっ、あいつ国語やめたの?どうやってうまい具合にヤメさせたん?」と、氏は心底うらやましそうな表情をしました。
 他の教科の先生については、その時点でどういった被害を受けているかは私は知りませんでしたが、氏の事例から推察することは容易でした。
 X氏の被害はさらに続きました。授業終了後、帰宅しようと建物から出ると、Yがついてきてまたくだらない質問をするのです。その時に、男子生徒が冷やかすと「お前らうるさいんじゃ」とYが彼らに向かって怒鳴ったらしく、X氏も開いた口がふさがらなかったそうです。
 また、X氏の社会の授業では、生徒に挙手させて問題を答えさせ、正解を得点にして、間違いの少ない生徒から帰宅させるという授業運営を行っていました。そこでネックとなったのがYの存在です。Yは頭が極めて悪いので間違いも多く、当てれば当てるだけ間違うものですから、結果として一番最後まで残ることになります。しかし、X氏としてはそれだけは絶対に避けたかったので、Yには誰もが答えられる問題以外は当てない、という方針を実施しました。その方針は成功しました。が、授業終わってからもYは事務室の前でじっとX氏や他の先生の方を見つめていました。もちろんX氏はそれを黙殺しました。

 そんなことが続いたある日、授業前に事務室で私がX氏と談笑しているときにYがつかつかと我々の方に歩み寄り「X先生、これ」と封筒をX氏に手渡し、去って行きました。私とX氏は互いに顔をひきつらせながら見合うと、X氏はおそるおそる封筒の封を開け、便箋を目で追い、やがてそれを机の上へ投げ捨てました。X氏は苦笑しつつ「読んでみて」と私に振りました。Yは以前私に「私、文章うまいって学校の先生によくほめられるの」と言っていたのを思い出しながらそれに目を通すと、そこには点と丸がないみみずが張ったような汚い字の文章が広がっていました。うまいどころか、読解にも難のある悪文・乱筆でした。おそらくその学校の先生はめくらだったのでしょう。
 その内容をかろうじてまとめると、「私は歴史の年号などを一生懸命に覚えて来ているのに、先生は一つも当ててくれない。これからは私のことも当てて欲しい」といったものでした。私がひきつった笑顔でX氏に手紙を返すと、X氏もひきつった微笑みを返してきました。おもむろにX氏はその手紙を「こうしてやる」とシュレッダーにかけて処分しました。結局X氏はそれ以降も、ほとんどYを当てることなく、無視した形で授業を進めていきました。

 冬休みになり、冬期集中講座が始まりました。これは全員全科目参加なので、国語にもYの姿がありました。こともあろうにYは一番最前列に座るので、私は極力視線をあわさないようにしていましたが、それでも非常にイヤな思いをした覚えがあります。
 さて、その後Yがなにやら黒いスポンジ状の物体をこさえて持って来ました。本人曰くはスポンジケーキらしいのですが、どう見てもそうは思えませんでした。私はもちろんそれを食べませんでしたが、持ってきたときに事務室にいた先生は食べざるを得なかったようです。当然ながら売れ残っていたので、元・小学校の校長をしていたU先生に「このスポンジどうですか」と私が勧めると、たいていはにこにこして「ほな、いただきます」とおっしゃるU先生が眉をひそめて「いやぁ、それなあ。結構ですわ。」と苦笑しつつ拒否されました。おそらく私が勧める前に、U先生はその物体を口腔内に投入したことがおありだったのでしょう。

 その後もその「ケーキ」はしばらく箱に入ったまま事務室に放置されていたので、当時他の学年の英語の授業も担当していた私は「単語テストを10問以上間違えた人は、それぞれ5回ずつやり直しか、あのケーキまがいを食べるかどっちかだ」というペナルティの道具に使いました。もちろん生徒は「絶対やり直しの方がいい」と口をそろえていいました。その奇妙なケーキまがいの噂は他学年にまで広がっていたのです。
 あるとき男子生徒が事務室に来て「これがウワサのYのケーキか」と箱を開けました。「おい、おまえ食べて見ろ」「いやー」などという会話が繰り返された後、生徒がえいっと「北斗の拳」のようにそれを指で突きました。まわりにいた他の生徒も「あたたたたたた」などといいながら指で突き始めました。事務室中が爆笑で包まれました。私が腹を抱えながら「こら、突いた奴は責任を持って食えよ」といっても誰も食べたがりません。そこで穴だらけになったケーキまがいを、私はなお断続的に突き上げてくる笑いを押さえながら、便所に流しました。
 こうして嘲笑の的となったYのケーキまがいですが、その裏側には実はある恐るべき陰謀があったのです。



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